シンプル育児アドバイザーの石鍋てるみです。
育児中に私が困ったことの一つは、
子どもが急に体調を崩した時。
例えば、長男が水ぼうそうに罹った時。
発熱の時期を超えて
水疱が出た後は、本人は痒いけど
元気そのもの。
でも、学校保健安全法で定められているように
全ての発疹が痂皮化するまでは
登園許可が得られない。
当然保育園には受け入れてもらえないわけで
長期に仕事を休まなくてはいけないことに
なってしまい本当に困りました。
ついでに、同じ保育園に通っていた
姉妹も、感染予防のため、登園は控えてくださいと
先生から言われてしまい
強引にお願いする勇気もなく、
結局元気な3人を自宅で見ることになりました。
職場には、子どもが水ぼうそうになっちゃって
許可が出るまで、休ませて欲しいとは言えず
同居の義母、夫に、数日は仕事を休んでもらい
なんとかしのいだのを覚えています。
これで終わればまだよかったのですが、
あの頃は、予防接種も今と違って
自費負担でしたから、
受けていなかったこともあって
続いて次女が罹ってしまい
さらに、職場に迷惑をかけることになって
本当に心苦しかったのを覚えています。
平成26年10月に水痘(水ぼうそう)ワクチンが
定期予防接種になったことで
だいぶ、罹るリスクは減りました。
それでも、100%罹らないわけではありません。
逆に、水ぼうそうに罹ったことがある子は
免疫ができているので
水ぼうそうの子の近くにいても
罹ることはないわけです。
確か、近所の子も同時期に罹っていたから
後半は一緒に遊ばせていたのを思い出しました。
そんな感染症のことがわかっていれば、
このようなことで困った時にも
子どもを預かることは可能ではないかなと
考えています。
子どもが病気の時は、(病気の時くらい)
保護者が責任を持って
看病することは、望ましいのは確かです。
きっと、多くの親御さんは
充分わかっているはず。
それでも、子どもを預けなければいけない時、
子どもを置き去りにできない限り
どこかに預けなくてはいけない時もあります。
病気になった子を看病することが
難しい人もいます。
仕事のことだけでなく、
看病の方法がわからない
病気に対しての不安が強い
自分が体調が悪いなど
いろんな理由で病児を保育することが
困難に感じてしまうことがあると思います。
子ども側から考えてみるとどうでしょう。
病気の子どもはいつもより
心も身体も弱っている状態です。
お母さんに一番いて欲しいのも事実。
せめて、顔見知りの安心できる人に
いて欲しいと思います。
既存の病児保育室、病後児保育室は
利用までに、事前の手続きが必要だったりして
当日、すぐに利用できるわけではありません。
受け入れの枠も少なく、
探すのも一苦労です。
子どもだって、自分の預かり場所を
親に探されているという経験は
あまりいい気分ではないでしょう。
(自分のせいで、お母さんが困っている。)
そんなふうに子どもなりに感じる子もいます。
病時・病後児保育施設を利用して、
預かってもらうことはできたとしても
初めての慣れないところに置いていかれるのは
不安だと思います。
子どもは、病気なのに頑張るんです。
知っている人が、病気になっても見てくれる。
そんな、近所の人、場所の一つとして
私がなることができたら
同じように困った人の
助けになれるかもと
ずっと、思ってきました。
ただ、大事なお子さんを預かる責任は重大です。
なかなか行動に移せません。
子どもは、病状が急速に悪化する傾向もありますし、
通常と違って何が起こるか予想がつきません。
お預かりするには、大きなリスクがあるのです。
でも、一番は保護者が用事を済ませる間、
子どもが安全に安心して、ゆっくり療養できること。
ですから、お預かりする時には
感染症の正しい知識、
子どもの症状の判断、体質、既往歴、予防接種歴、
地域の感染症サーベイランスなど多くの情報、
保育体制を吟味して、決定する必要があります。
簡単に、この病気だからOK,
熱が何度だからOKとは決められません。
でも、可能な限り育児の助けには
なりたいという気持ちがありますから
保護者の希望に添えるようにしたい。
看護師として、15年以上保育園で
経験を積んだことも
無駄にはなっていないはずです。
そんな気持ちが揺れる中で
実行に移す方向へと
気持ちは動き始めました。
ただ、特に病児をお預かりする場合は
保護者との信頼関係なくしてはできません。
私がお子さんが、安全に過ごせるように
努めることは当然です。
けれども、100%無事に過ごせると
言い切れません。
そんな私のことをどこまで信じて
任せてくれるのか
万が一、何かあった時に、
その責任は半分親にもあるというように
感じてくれるような人にしか
預かることはできないと思っています。
いざとなると、勇気がいることです。
でも、過去の私には必要だったことです。
あったら、心強かっただろうと思うことです。
なんとか、お手伝いができるように
考えていきたいと思っています。