コミュニティーナースの石鍋てるみです。
太陽が眩しい清々しい朝を迎えました。
やはり、1日のスタートがこうだと
気持ちもスッキリします。
アルバの散歩も今朝はゆっくりになってしまい
7時過ぎてしまいました。
急ぎ足で出勤する人の流れに逆らって
のんびり歩いている私。
ちょっと、幸せを感じました。

昔は私も、急ぎ足で電車に乗って
朝をスタートしていました。
それから、子育てが自分の人生の主要になってからは
まずは通勤時間を縮めることで
時間を捻出しするため
職場を変えました。
そのあとは、働く時間を縮めました。
ワークライフバランスというけれど
私の場合、子どもが増えても
働くことは手放しませんでした。

短時間でも、子育てのほかに
自分が社会に役立っているという支えが
欲しかったからです。
1週間に、数時間であっても
看護師としての自分でいたかったのだと思います。
そうしないと、私の場合は
育児が自己犠牲の上で
成り立っているような気持ちになりそうでした。
育休中は専業主婦でいたわけですが
初めのうちは、
こんな生活もいいなと思っていたはずなのに
ふと考えると本当の自分が早く働きたいって
思っていることに気づきました。
私の場合親としての自分以外の価値を
持ちたかったんだと思います。
保育園で働いていた時は
仕事を持つお母さんばかりでしたから
どちらかといえば私のような
思いの方が多かったです。
でも今、いろんなお母さんに接していて
思ったよりも専業主婦の方が多いことに気づきました。
お母さんになれたことを喜び
子どもといつも共にいることが幸せだと思える人。
家族のために働くことに
生きがいを感じている人がたくさんいます。
少しでも、自分が手をかけて
子供を育てていきたいという思いが強いお母さんも
たくさんいます。
本当に立派だと思います。
こういう人にこそ
社会は月給を払ってもらいたい。
もちろん育児は母親にとって
無償の愛で行うことですから
報酬なんて返って興醒めだと思うかもしれません。
でも、実際育児に思いがあるお母さんでも
生活費のために働きに行かなくてはいけない人も
たくさんいます。
これって、本当に本末転倒。
自分のそばで、自分の手で育てたいと思う方が
安心して自分で育てられるという環境を
選べるようにしないといけないのではないかと思います。
介護も一緒です。
本当は、自分で親の面倒を見たいけれど
生活のためにお勤めに行かなくてはいけない人がいます。
親の面倒を見ている間の生活費が
給料のように必ず入ってくれば
その思いが果たせるはずです。

日々の生活費がないからといって
自由な意思決定ができないのは
残念なことです。
人の本当の思いは様々です。
育児、介護を家族から解放する施策ばかりでなく
家族の手に返す方法も考えて欲しいと思います。