コミュニティーナースの石鍋てるみです。
昨夜は、実家で家族4人だけで夕食をとりました。
夫や孫が一緒にいることが
今までは多かったのですが、
私たちの子どもも独り立ちして
それぞれ忙しくなってきてますから、
母親にくっついてくることもなくなりました。
昨夜は4人で乾杯した時しみじみ、
私たち姉妹がそれぞれの経験をして、
また、港に立ち寄ったような
気持ちになりました。
私は高校生の時、
実家から出たくて、
看護学校に行くことをある意味
それを口実にして家を飛び出しています。
そこからの、両親と妹の様子は
見る機会はありませんでした。
ですから、今になってその頃の様子や、
私がいなくなってからの家族の様子を
改めて聞かされると、
いっぱい心配かけてたなとか、
妹にも迷惑かけてたなとか
たくさんの思いが湧いてきます。
妹は父親とよく遊んだ経験が
私が思っていた以上に多かったこともわかり、
私には全くそういう思い出がないことにも
気付かされました。
私は家の中で一人で過ごすことが好きだった
子どもだったらしく、
妹は全く逆な性格だったそう。
父親を強引に遊びに誘い出す妹とは、
必然的に時間を共に過ごすことが
多くなったらしいです。
男親の遊び相手には
妹の方が扱いやすかったのかもしれません。
私が今になってもいまいち、
父親に対して分かり合えてない感覚があるのは、
関わりが薄かったためも大きな要因だと思います。
確かに父親が笑顔を向けている姿が
妹と遊んでいる時という印象が強いので、
どこかで小さい頃の私は
父親を避けてきたような感覚があります。

思春期の頃は、
父親のことが理由もなくそばにいるだけで、
イライラすることもありました。
理由を深掘りしたことはなかったですが、
この感覚は今の夫婦関係や
上司などとの関係にも通じているような
感覚があります。
まだ、心の深いところに腑に落ちてない、
わだかまりのようなモヤモヤが
残っていることだけはわかります。
ここを癒さないと、
父親との関係はこのまま薄いままで
終わりそうです。
中学を卒業してすぐに
出稼ぎに東京に出た父。
私が生まれたのは
父が23歳の頃。
そのすぐ7ヶ月後に
52歳の母を亡くしているようです。
そして私が3歳の頃
13歳の弟を亡くしています。
父にも、いろんなことがあったんだなと
聞き出していくとわかることも出てきて
今では、若かった夫婦が一生懸命に
私たちを育ててくれたことがわかります。

まだ少し残されている時間はあると思うので、
もう少し父親を理解したいと思っています。
これは、自分の心のモヤモヤを晴らすためにも
そして成長のためにも大事な鍵だと思うからです。
また、暖かくなったら
こんな機会を計画するつもりです。
帰宅途中の電車の中で、
いま思うままに書き記してみました。