コミュニティーナースの石鍋てるみです。
京都の行方不明だった11歳の男の子。
残念な結果が報道されています。
どこかで生存していて欲しいと思っていた事件だったのに
本当に悲しいニュースです。
それだけではなく
子供の死亡事故、殺害のニュースは
なくなることがありません。
今回も事件性があるということで
家宅捜査が行われているようですが
なぜ、子どもの命を奪わなくてはいけないのでしょう。

新年度早々、このような事件が起きたことで
不安を感じている子ども、保護者も
たくさんいると思います。
不安感から、子どもへの管理の目が
ますます強くなってしまうかもしれません。
これが行き過ぎなければいいのだけれどという
逆の心配も同時に起きてきます。
子どもが常に、大人の管理下でしか
生活できない状況が
せっかくの子どもの世界を
台無しにしてしまいかねないと思っているからです。
私が子どもの頃には
子どもだけが楽しめる空間がありました。

もしかしたら、
大人にはバレていたかもしれませんが
少なくとも、子どもの私には
大人には気づかれない世界を
楽しんだという経験が残っています。
大人がいないからこそ
問題が起きないように慎重に計画して
遊んだものです。
隠れ家を作ったり
あえて、遠回りをして帰宅してみたり
友達のお家の押し入れを基地にして
遊んだりしてました。
今、そんなことを今したとしたら
大問題で、学校から呼び出されて
指導されたかもしれません。
でも、大人になって振り返ると
あの頃の経験がとてもキラキラした思い出になっていて
心の支えになっている気がしています。
友達と一緒に過ごす楽しさや
いろんな楽しみを作り出して
毎日ワクワクしていた気持ちは
心のどこかに残っているものです。
過去にそういうことができた
自分がいたということが
ちょっと自信にもなっていると思います。
管理下にばかりいると
その中でいい子で過ごすことばかりが
当たり前になった日常になります。
本当の自分のやりたいことは
抑えてコントロールすることが必要になります。
人に指示された事をきちんと守ることが
そこでうまく生きていく術となるので
自分を主張しない方が過ごしやすい場所になりがちです。
この環境に慣れすぎると
自分のことがわからなくなります。
自分の好きなもの、嫌いなもの。
今やりたいことも見つからない。
今の若い人が陥っている課題へと
発展してしまいます。
自分の存在価値があやふやで
満たされない感覚を持っている人が増えているのは
こんな幼少期の生活からの
影響もあるように思います。
子どもを犯罪から守りたければ
狭い場所に閉じ込め管理するのではなく
子どもを自由にさせながらも
関心をもって見守り、
時にはおせっかいな大人がいることの方が
効き目があると思います。
子どもは社会の宝です。
子どもの未来を応援できる社会を作っていきたいものです。
